資本主義社会におけるITは人々を幸せにするか【人工知能による富の偏り】

2019年8月11日日曜日

IT

資本主義社会におけるITは人々を幸せにするか【人工知能による富の偏り】

ここ二、三十年の間に、情報技術は人々の生活を大きく様変わりさせました。

インターネットWebと呼ばれる技術の発展は、遠く離れた人々とのリアルタイムなコミニュケーションを可能にし、個人が世界中に対して一瞬で情報発信を行う術を得ることになりました。

そしてこれからは、そのWebの世界に、人工知能という概念が本格的に入ってくることになります。

そして、IoTという言葉に代表されるように、もはやインターネットは人間だけのものではなく、コンピューター同士がやりとりをし、高度に連携を行うためのインフラにもなりつつあります。



こういった情報技術の発展は、この30年間で既に、人々に対して多くのことを可能にしてきました。

ITの発展は、物理的な距離を一切問題にしない効率的なコミニケーションによって、人々の生産性を大きく向上させてきたはずです。



しかし、それに応じて人々の生活の質や、幸福感が大幅に向上しているのかというと、そこには疑問が残ります。

日本に限って言うならば、ニュースなどを見ていてもまだ閉塞感が漂っているようにも感じますし、世界的に見ても決して明るいニュースばかりではなく、未だに問題が山積しているようにも感じられます。


幸福度をどのようにして測定するのかは、絶対的な指標があるわけではありませんが、

この30年間で
マイクロチップの計算能力が100万倍になり、
メモリの容量が100万倍になり、
通信速度が100万倍になったことによって、
人々の幸福度は100万倍になってきたのでしょうか。

もしそうなっていないのだとしたら、その差はどこから来るのでしょうか。


この記事では、情報技術の目覚ましい発展が、本当に人々の生活を豊かにするのかということ、そして、破壊的な技術とまで言われる人工知能に代表される技術革新と、私たちは今後どのように向き合っていくべきなのかということについて考えていきたいと思います。

資本主義の構造の中では作業の効率化が幸福には直結しない

資本主義の構造の中では作業の効率化が幸福には直結しない

プログラミング等に代表される情報技術が人々にもたらす大きな2つのメリットとして、検索自動化が挙げられることがあります。


膨大な情報の中から条件に該当する要素を瞬時に抽出し、ユーザに提供すること、そして、単純な作業を人間の代わりに自動的に行うことは、コンピューターの得意分野です。

これらに加えて、通信技術の発展によるコミニケーションの効率化も、情報技術が人間にもたらす大きなメリットの1つと言えるでしょう。



日本人に限らず、資本主義社会の中に生きている人々のほとんどは、労働を行うことによって対価を得て、生活をしています。

そしてその労働は、人々が若い時間のほとんどを費やすほど重要な位置づけにあるものです。

もしかしたらこの記事を読んでいらっしゃる方も、平日は8時間、もしくはそれ以上の時間を仕事をしながら過ごしているかもしれません。

日本は長時間労働が常態化している事が比較的多い国であると言われていますが、海外においても、基本的には労働者であれば、平日は多くの時間を労働に費やして生活していることに変わりはありません。

それは人間の人生における、非常に大きな時間です。


そういった中で、人々の幸福度や生活に対する満足度を上げるためには、この労働の負荷を下げる事は、1つの重要な要素となるでしょう。


一見、「労働の負荷を下げる」というミッションは、情報技術にうってつけの役割に思えます。

通信技術によってコミニケーションを効率化し、業務アプリケーションが提供するベストプラクティスによって、無駄のないビジネスフローで効率的に業務を遂行することが可能になりそうなものです。

そして今までも、まさにそういったことがビジネスの現場にはもたらされてきたはずではないのでしょうか。


単純作業はコンピューターが行い、人間は人間にしかできない創造的な仕事に専念する。
そして、時間がかかる作業はコンピューターによって大幅に効率化され、人々の生活に余裕が生まれ、私たち人類は、自由な時間を好きなように使うことができる…

そういったことが、情報技術によって既に起こっていてもおかしくないようにも思えます。


ただ実際は、情報技術の劇的な発展に比例して、人々の労働時間が大幅に減少しているわけではありません。

私はそこには、資本主義社会の根本原理である「競争」が、影響していると考えています。


資本主義社会の自由な経済活動の中では、企業は自社の製品やサービスを販売し、消費者がその企業の製品を選択してくれることによって経営が成り立ちます。

その仕組みの中では当然、競合となる企業が存在します。

常に企業同士が競争を行いながら切磋琢磨していくことによって、社会全体が発展していくようなモデルです。

そういった中で、ITによる効率化を行った企業があれば、当然、競合となる企業も同様の手法を取り入れようとします。

つまり、どんなにビジネスプロセスをITによって効率化しようとも、競合が同様のプロセスを採用できる限り、競争において圧倒的な優位に立つ事は難しいような仕組みになっています。

したがって、この構造上、労働者に余裕が生まれるという事は、どんなに情報技術が発展しても起こりえないことであると言うことができるかもしれません。



もし仮に1社が圧倒的に効率的なシステムを導入することによって、1人勝ちと呼べるような状態になったとしても、そこには敗者となる企業が存在します。

そういった状態になれば、その勝利を収めた企業に導入された高度な情報技術の恩恵を社会全体が受ける事はなく、特定の企業のみが潤うような構造になってしまいます。

それによる格差の拡大は、決して社会を豊かにするような方向には向かわないでしょう。



資本主義において人々が多くの時間を費やす労働が「競争」であり、ITによる効率化が人々の労働のスタイルを根本から変えることができない構造になっている以上、情報技術の発展による人々の幸福度の向上には限界があると言うことができるのではないでしょうか。


人工知能による社会構造の変化

人工知能による社会構造の変化

近年、「シンギュラリティー」という言葉が注目を集めるようになりました。

特異点という意味を持つこの言葉は、AI自身がAIを開発するようになり、技術の進歩が爆発的に起こるようなポイントを意味する言葉として使われるようになりました。

ニュースなどを見ていても、「AIに仕事が奪われる」というような、なんだか不安を煽るような表現もよく見かけます。


人間も結局のところ、生まれてから今まで見たり聞いたりしてきた経験の中から、最も成功する期待値の高い選択肢を選んでいるに過ぎません。
そして、今までの経験からは分からないことであれば、新しくチャレンジし、新たな知識として学んでいくこともできます。


しかし、コンピューターが高度な統計処理を行うことによって、そういった人間の思考や行動のプロセスと同等のことができるようになりつつあります。

そして世界中で日々生成される膨大なデータを駆使してコンピューター自身が学習し、人間では到達し得ない量の知識を学んでいくことによって、より正確な判断を下せるようになってきています。


AIやビッグデータのブームの火付け役ともなったIBMの有名な人工知能「Watson」が、アメリカの人気クイズ番組「Jeopardy!」で優勝してしまったのは2011年のことですから、そこから更に技術は発展しています。

チェス、囲碁、将棋などの勝ち負けがはっきりしているような分野では、すでに人間よりも人工知能の方が強いという状態になっています。


こういった人工知能の発展によって、今まで人間にしかできなかった多くのことが、コンピューターによって代替されるようになることが懸念されているのです。



こういった人工知能の発展は、人類にとって歓迎すべきことなのかどうか、という点については様々な意見があります。


楽観的な見方をすれば、コンピューターが人間の代わりに仕事をしてくれるようになるわけですから、人類は労働から解放され、自由な時間を謳歌できるようになるかもしれません。

悲観的な見方をすれば、企業は人間を雇う必要がなくなり、失業者が大幅に増えることによって、社会の安定が損なわれるかもしれません。



そんな中で、
「人工知能の発展と普及によって人類に何がもたらされるのか」
という点について私自身が感じていることとしては、
少なくとも短期的には、ほんの一握りの企業が世の中の多くの富を独占するようになる
と言うことです。


高度な人工知能を提供するにはデータ量が必須

高度な人工知能を提供するにはデータ量が必須

まず、高度な人工知能によるソリューションの前提には、膨大なデータが必要となります。

機械学習という言葉にも表される通り、コンピューターが膨大なデータの中から高度な統計技術を駆使して法則性を見出し、学習し、最適な選択肢を選んでいけるようになることが、人工知能という技術が持つ力です。

その前提には、コンピューターに学習をさせるだけの十分なデータが必要となるのです。


その条件を満たし、高度な人工知能をサービスとして提供できる企業はあまり多くはないでしょう。

Googleは企業の使命として、世界中の情報を整理するということを掲げていますが、そういったビジョンが現実味を持っているのは、単にGoogleが高度な技術力を持っているからというだけではなく、
インターネット上の情報を収集するための高度なクローラーを持ち、自社が提供するウェブブラウザから人々のインターネット上での動きを知ることができ、自社がSaaSとして提供しているメールサービスでやり取りされた大量のテキストデータを自社のサーバー上に保持し、自社が提供する地図サービスには世界中の地理的な情報や写真があり、自前の高度な他言語翻訳サービスを持ち、自社がOSから開発するPCやスマートフォン端末からは人々の位置情報や行動の履歴を収集できる…
というような、圧倒的な情報収集の基盤を既に持っているからです。


ネットワーク経由で、一部の人工知能が集中的に使われる

ネットワーク経由で、一部の人工知能が集中的に使われる

Microsoftなども自社のクラウドサービスであるAzure上で人工知能ソリューションを提供していますが、今後はより高度な人工知能をAPI経由でサービスとして利用できるようになることが予想されます。

そうなったときに、
例えば小さなベンチャー企業が人工知能を用いたサービスを作りたいと考えた際に、自前で膨大なデータを収集して、機械学習を駆使した高度な人工知能ソリューションを提供しようとするでしょうか。

立ち上がったばかりのスタートアップ企業が、自社のプラットフォーム内にそんなに膨大なデータをあらかじめ持っているとは考えにくいですから、多くの場合、すでに高度な人工知能を保有している大企業の用意しているAPIを駆使して、自社のサービスに人工知能を組み込むことになるでしょう。


そうやって多くの企業が、すでに高度な人工知能を保有しているごく少数の企業のクラウドサービスのAPIを呼び出す形で人工知能を使うようになれば、すでに人工知能を保有している企業は、さらに多くの情報を得ることになります。

一握りの企業が、日々自社のクラウド上の人工知能がどのように使われているのかを監視し、さらなる知見をため込んでいくことになります。


そしてそのような状態が続き、AIが人々の知識労働を完全に代替できるような水準になったとき、その労働力は、ほんの一握りのAIを保有する企業のクラウド上のコンピュータから提供されることになります。


その時、世の中の企業は「人間を雇う」「一部の企業の人工知能をネットワーク経由で使わせてもらう」かの、2択を迫られることになるでしょう。


そして、給料を払って人間を雇うよりも、クラウド上の人工知能サービスを使う方が費用対効果が高い状態になった時、現在、世界中の労働者に分配されている労働の対価が、ほんの一握りの企業に対して流れていくことになります。


これは今まで人類が経験してきた「格差」というものとは、比べ物にならないほどの富の偏りを生み出し得ると思います。


民主主義により、富の偏りは抑制されるか

民主主義により、富の偏りは抑制されるか

ごく一部の企業により提供される人工知能の利用の広がりによって富の格差が拡大した時、そこにブレーキをかけるような力は働くのでしょうか。

今多くの先進国に導入されている民主主義が機能しているのであれば、あまりにも行き過ぎた格差は抑制され得るように思えます。


民主主義では多数決が原則ですから、一部の人々が潤うような社会的な格差は、本来歓迎されるものではありません。

ですから、楽観的な見方をすれば、人工知能によって大きな利益を上げている企業には税が課せられ、その税金によって社会全体が潤うような仕組みが作られるかもしれません。

もしそうなれば、本当に人工知能は人々を労働から解放し、人類の幸福度を押し上げるような技術にもなり得るでしょう。



しかし、悲観的な見方をすれば、人工知能を保持して強大な力を持った企業が富の分配を認めなければ、格差の是正は難しいかもしれません。


テクノロジーが社会に与える影響に、常にアンテナを高くしておくことが大事

テクノロジーが社会に与える影響に、常にアンテナを高くしておくことが大事

少なくとも、今私たちにできることは、こういった技術に対するアンテナを高く保ち、これらの技術とどうやって向き合っていくべきなのかということを、一人一人が考え続けていくことかもしれません。


これから起こる技術革新による社会の変化は
「テクノロジーのことはよく分らない」では、
済まされないほどのインパクトになり得るように感じます。



どんな技術にも負の側面はあるものです。

これまでにも情報技術はセキュリティー個人情報などの問題と、隣り合わせで発展してきました。

また、デジタル・ディバイドなどと呼ばれるように、情報技術を使える人と使えない人の間に生じる格差というものも、以前から言われ続けてきたことです。



私たちの望む望まざるとにかかわらず、今後も技術は加速度的に進歩していくことでしょう。

世界中の優秀な人たちは、私たちの知らないところでどんどん新しい技術を開発し、私たちが気づいた時には、社会の構造を大きく変えていってしまっています。

一人一人がそのスピードに置いていかれることなく、常に技術が社会に与える影響について考えながら、正しい選択肢を選んでいけるような状態であり続けることが、大切だと思います。


そしてこの記事が、皆さんが情報技術について考える上での、ヒントやきっかけになれば幸いです。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。